授業実践

【人間の尊重と日本国憲法の基本的原則】デジタル化した社会での新しい権利とは:「忘れられる権利」について考えよう~

2024.10.22

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概要

 2024年10月22日,東広島市内中学校4校4学級(豊栄中学校,河内中学校,志和中学校,福富中学校)の3年生(96名)とスペシャルサポートルームの生徒(5名),西条フレンドスペースの生徒(4名)が参加して,「新しい権利」をテーマとする遠隔授業を実施しました。今回は,「デジタル化した社会での新しい権利とは」と題して,「プライバシー」「公益性」「正確性」の視点から情報共有の是非に関わる自分自身と社会の判断基準を構築することを目指しました。授業全体の進行を川口広美准教授が,解説を草原和博教授が務めました。

ソーシャルメディアとマスメディアのちがいとは…

 本時は旅先でのレストランの探し方を振り返る活動から始めました。生徒はGoogle MapやYahoo!,食べログなどのソーシャルメディアを使うと答えました。ところが,インターネットが登場する前は本・雑誌や新聞などのマスメディアを使っていたことを紹介すると,生徒は驚いていました。さらに,ソーシャルメディアとマスメディア,どちらで情報を探すのが良いか問いかけました。ほとんどの生徒は,ソーシャルメディアと答え,理由としては「自分が調べたい内容をすぐに検索できるから」「いろんなことを調べることができるから」などが指摘されました。一方で,「インターネットよりテレビの方が正しい情報が多そうと思ったから」とマスメディアで探したいと答える生徒もいました。
 ここで,草原教授がソーシャルメディアとマスメディアの違いをまとめました。情報の発信者に注目すると,ソーシャルメディアは誰でも発信者になることができるが,マスメディアは新聞社やテレビ局などの大きな組織が一斉に情報を発信できる点が異なるとまとめました。同時に「本当にマスメディアの情報は信用できるの?」と子どもを揺さぶる場面もありました。
 このように,社会のデジタル化に伴って不特定の市民が情報の発信者・受信者となるソーシャルメディアが台頭し,情報の「量」は増えた一方で,情報の「質」は玉石混淆になったことが確認されます。ここで本時のめあて「デジタル社会において,個人と社会は何をするべきか?」が示されました。

デジタル社会における個人のあり方

 授業は大きく分けて2つのパートで展開されました。
 授業の前半部では,デジタル社会における個人のあり方を考えました。まず生徒には,友人の家の「外観」「表札を掲げた玄関」「家族写真が飾ってある室内」の3枚の写真が示されます。そして,それぞれの写真をInstagramで投稿して良いか問いました。生徒は「良い/どちらかというと良い/どちらかというと良くない/良くない」の4段階で評価するアンケート投票に参加します。結果は,外観・玄関・室内について,それぞれ,「良い/どちらかというと良い」を選んだ人が3.4%・3.4%・10.2%,「良くない/どちらかというと良くない」を選んだ人が96.6%・96.6%・89.8%でした。生徒は写真を共有する際の判断基準として「特定されるから」「個人情報だから」などと述べました。ここで草原教授が「プライバシー権」の解説を加えます。プライバシー権とは,曝されたくない個人情報を他人から侵害されない権利のことで,このプライバシー権を守るために「個人情報保護法」の制度が作られたことを解説しました。
 次に,再度,家の写真(資料2)が示されました。しかし,今度は災害翌日で家が壊れて孤立している場面の写真です。この写真はInstagramで投稿して良いかを4段階評価でアンケート投票をしました。結果をみると,「良い/どちらかというと良い」を選んだ人が29.2%,「良くない/どちらかというと良くない」を選んだ人が70.8%でした。最初のアンケートよりも「良い/どちらかというと良い」を選んだ人が増えました。投稿してもよいと考える人が増えた理由を問うと,「埋まっている友達を助けないといけないから」「早く情報をあげるべきだから」などの理由を発表しました。川口准教授は,災害デマの例を取り上げながら,正確性を欠く情報が出回る可能性も指摘しました。生徒は「プライバシー」保護の視点とともに,社会的な意味の大きさに関する「公益性」や情報の正しさに関する「正確性」の視点から,情報共有の是非を判断する必要性を認識しました。

デジタル社会における新しい権利

 授業の後半部では,「プライバシー」「公益性」「正確性」の視点から,新しい権利「忘れられる権利」を認めることの是非を議論しました。まず,犯罪歴のあるAさんの情報をデジタルで共有する是非について,個人の立場からアンケート投票しました。結果は,「良い/どちらかというと良い」を選んだ人が約36%,「良くない/どちらかというと良くない」を選んだ人が約64%でした。意見が分かれ,かつ前回のアンケートよりもさらに「良い/どちらかというと良い」を選んだ人が増えました。
 次に,生徒は裁判官になったつもりでAさんの情報共有の是非を議論しました。各学級には「削除を命ずるべきではない(公開のまま)/削除を命ずるべき」のいずれかの理由を考えさせました。削除を命ずるべきではない理由としては,「Aさんが罪を犯したことは事実で,Aさんを採用したい会社がAさんの過去を知る権利も重要で」との理由が示されました。一方,削除を命じる理由としては,「罪を犯したAさんにもプライバシーはあるので,削除するべき」との意見が出ました。ここで,草原教授が新聞記事を示しながら,本件の裁判結果を解説しました。一審のさいたま地裁では削除が命じられ,「忘れられる権利」が初めて認められる一方で,二審の東京高裁と三審の最高裁では,削除しなくてよいとの判断が示されたことを解説しました。この判例の揺らぎを根拠に,社会の中でも「忘れられる権利」は判断が割れている状況を共有しました。
 さらに,今なぜ「忘れられる権利」が注目されているのかを問いました。生徒からは「インターネットがあったら余計なことを発信してしまう人がいる」「(インターネット上に)デジタルタトゥーが残ってしまうので(情報が半永久的に残るので),忘れられる権利は重要」との意見が出ました。生徒は,「忘れられる権利」が(法で)認められない限り,プライバシーが守られない恐れがあることに気づいていきました。

デジタル社会において「忘れられる権利」は新しい権利として認められるべきか,否か

 授業の最後では,デジタル社会において「忘れられる権利」は新しい権利として認められるべきかを問いました。また「忘れられる権利」が現時点では権利として認められていない理由を問いました。この点について,川口准教授は,日本では「知る権利」と「表現の自由」の対立を背景に,「忘れられる権利」を保障する法が成立していない実態を解説しました。また草原教授は,欧州では「一般データ保護規則」のルールのもと「忘れられる権利」が保障されている現状が示されました。
 このように日本と欧州の法制度化の程度を確認したところで,生徒には最後のアンケートに取り組ませました。具体的には「日本と欧州どちらがよいと思うか?」「日本でも「忘れられる権利」を明確に認めるべきか?」が問われました。結果は,「認めるべき」が73.8%,「認めるべきでない」が26.2%でした。「削除を認めるべき」理由としては,「罪を犯した人にも基本的人権はあるから」「被害を受けた人も被害を受けたことを知られない権利があるから」と述べました。「認めるべきでない」理由としては,「犯罪者の再犯率が高いので,(被害者や市民の)知る権利との対立が起きるから」と述べました。
 ここまでの議論を踏まえ,川口准教授は,「私たちの社会がデジタル社会に変化したからこそ,「忘れられる権利」への関心が高まり,その権利を支える法も整備されてきた。これからも社会の変化に伴い新しい権利が登場する可能性があるので,注視しておいてほしい」とまとめました。

デジタル社会に生きる市民の行動を探究する

 本授業では,デジタル社会ならではの「忘れられる権利」が適用される規準について,他学級の声に耳を傾けながら学ぶことができました。デジタル社会に生きる市民の行動を探究する授業は,デジタル・シティズンシップ・シティらしい授業となりました。引き続きNICEプロジェクトは,様々な地域や学校をつなげることで,公共的な課題を探究する授業を提案してまいります。

この授業実践の関係者

授業実施者:川口広美,草原和博
授業補助者:各中学校での授業担当教員
学校技術支援担当(東広島市内中学校):大岡慎治,露口幸将,和田尚士,鶴木志央里,久我祥平,牧はるか,見田幸太郎,林美里,山本健人,中西美里,岩切祥,横田亜美,三井成宗,川本吉太郎
事務局機器担当①(広島大学):神田颯,草原聡美
事務局機器担当②(豊栄中学校):𠮷田純太郎,上中蒼也,清政亮,柳田真凜,野津志優実,宇ノ木啓太

この記事を書いた人
SIP staff
三井・川本・宇ノ木・神田

「デジタル・シティズンシップ・シティ:公共的対話のための学校」プロジェクトメンバーである三井・川本・宇ノ木・神田が更新しています! ぜひ、本記事を読んだ感想や疑問・コメントをお寄せください!