指導案・教材・YouTube動画
概要
2023年11月15日,東広島市内小学校8校17学級(郷田小学校,志和小学校,小谷小学校,高屋西小学校,高美が丘小学校,上黒瀬小学校,下黒瀬小学校,原小学校)の4年生(441名)が参加し,「東広島市の発展に尽くした人々」をテーマとする遠隔授業を実施しました。文化財にも指定されている「中の峠隧道」の掘削と開発を今にいかに記憶するべきかを議論することで,地域の先人の働きについて探究していきました。
授業は,「中の峠隧道」の開発の背景を考える1時間目と,「中の峠隧道」の記憶のし方を考える2時間目の2部構成で展開しました。
「深道池」の役割
1時間目の導入は,「中の峠隧道」が水を注ぐ「深道池」の役割を調べることから始まりました。東広島市内には4,000を超えるため池が存在しますが,「深道池」は児童が使う副読本に掲載されている唯一のため池です。児童はこの副読本を使って,「深道池」とそこに水を送る「中の峠隧道」の関係を調べていきました。具体的には,「隧道の意味」「中の峠の場所」「中の峠隧道を作った目的」に焦点化して調べ活動を行い,中の峠隧道は水がたまりにくい深道池に小田山川の水を引き込む役割があること,深道池は西条盆地の西の台地に広がる柏原地区に水を引く役割があることを知りました。それを受けて進行役の草原教授は,「もしも『中の峠隧道』がなかったら…」に続く文章を考えよう!と指示します。児童からは,「柏原は水不足になって米ができなかっただろう」や「米以外の作物もとれなかったではないか」という文章が発表されました。
草原教授は,さらに「なぜ柏原地区は水不足になりやすいの?」と問いかけます。この問いに対して熊原康博准教授は,「中の峠隧道」記念碑前から中継とドローン映像で解説を行いました。具体的には,柏原地区は河川流域の低地よりも土地が10-15m高いという自然条件と,春から夏の米づくりに水が必要な時期に小田山川の水を使う権利がなく(河川流域の市の畑地区に優先権がある),柏原地区は秋から冬にかけて小田山水を譲ってもらうしかないという人文条件を説明しました。
この解説を受けて草原教授は,「中の峠隧道」の入口付近にある看板を児童に示し,読ませます。この看板には「沖田嘉市という人物が柏原地区の水不足を解消するために「中の峠隧道」を計画した」と記されています。草原教授は,児童に「この隧道は沖田嘉市がたった一人で作ったんだよね」とただします。この問いかけに対して,「沖田嘉市が一人で頑張った」と声を上げる児童がいれば,「看板には村人も手伝ったと書いてある」と反論する児童もいます。そこで本日の学習課題として,中の峠隧道が完成し,柏原地区で米づくりができるようにしたのは誰のおかげなのか。すなわち,「沖田嘉市『が』えらいのか?沖田嘉市『も』えらいのか?」を探究することが確認されました。
この学習課題に対して,まず児童一人ひとりがタブレットで回答します。1時間目の後半の段階では,56%の児童が「沖田嘉市「が」えらい」と答え,残りの44%の児童が「沖田嘉市「も」えらい」と答えました。そこで草原教授からは,「「中の峠隧道」の看板の横に新しく記念碑をつくるならば,誰の記念碑にしようか」と問いかけます。「沖田嘉市の記念碑をもう1つ作ろう」という意見があれば,「隧道づくりに協力した人たちの記念碑ではどうか」との意見も出ました。地域開発に対する貢献度をめぐって児童が悩み始めたとことで。1時間目は終了しました。
「中の峠隧道」の開発に関わった人たち
2時間目は,本時の学習課題にしっかり答えるために,「中の峠隧道」の開発に関わった人たちについてもっと詳しく調べることにしました。本授業に参加した17の学級で8つの人物・組織(当時の村長,当時の総代,市の畑地区の人々,柏原の青年団員,沖田嘉市,お金を出した村人,みぞを作った先人,柏原の水利組合)の仕事ぶりを分担して調べていきました。児童らは8つの人物・組織が行なったことを記録した資料を読んで,その人物・組織を記念碑にして功績をたたえ,感謝し,記憶に残すべきことを提案した推薦文を作ります。その成果は,Google Slideに入力され学級間で共有されました。以下は,参加学級が作成した推薦理由の概略です。
・村長:「反対していた市の畑の地区の人たちをねばり強く説得し,話し合いをまとめたから」
・柏原の総代:「柏原のなかで反対があり,認められなかった工事の話がまとまるようにしたから」
・市の畑の人々:「柏原の水不足を解決したのは,秋から冬に水を分けてくれた市の畑地区の人だから」
・柏原の青年団員:「途中から隧道づくりを手伝い,10年以上かかる工事を3年で終わらせたから」
・沖田嘉市:「53歳から残りの人生をかけて工事を始めて,2年間,朝から夕方まで掘り続けたから」
・お金を出した村人:「お金で石工を雇ったり,ダイナマイトを買ったりして,工事を短くできたから」
・みぞを作った先人:「みぞを作って深道池に水をためようとした先人のおかげで,沖田嘉市は隧道を掘るアイデアが浮かび,決心できたから」
・柏原の水利組合:「今でも隧道の掃除や水路の草刈りをして隧道をきれいに保つことで,深道池に水をためることができ,今でも使えるから」
児童が推薦文を発表した後には,専門家たちに感想を尋ねていきました。熊原康博准教授は,「みぞをつくって深道池に水を集めるというアイデアを思いつき,沖田嘉市よりも先に溝をつくっていた先人は偉かった」と「みぞを作った先人」を推薦しました。水利組合の高野さんは,「深道池に水が足りないとき,台地下の川からポンプで水をくみ上げることを提案し,成功させた当時の水管理団体の「総代Xさん」を推薦しました。最後に毎年「沖田嘉市物語」を演じ,その衣装を着て授業に参加した郷田小学校の児童に尋ねると,「最初に隧道を提案した沖田嘉市こそえらい」と沖田嘉市を推薦しました。
関係者の意見を聞いたところで,各学級には「記念碑にするべき人ランキングを作成しよう」という課題が与えられました(授業計画では上位3名を挙げる予定でしたが,時間の都合で最上位1名を挙げることになりました)。多くの学級は「沖田嘉市」を支持しましたが,「みぞを作った先人」や「水利組合」「村長」を支持する意見も出て,見解が割れました。草原教授は,ランキングに違いが出た理由を,開発の歴史を評価する視点の違い(①リーダーかvs実際に工事した人か,②賛成した人かvs(最初)反対した人か,③隧道を事前に準備した人かvs隧道を長く守ってきた人か)から解説しました。そして児童はあらためて「沖田嘉市『が』えらいのか,沖田嘉市『も』えらいのか」のアンケートに答えました。2時間目の終結時点では,25%の児童が「沖田嘉市「が」えらい」と答え,残りの75%の児童が「沖田嘉市「も」えらい」と答えました
まとめ:専門家による説明
本日の授業のまとめでは,北海道教育大学釧路校の玉井慎也講師が中継で登場しました。北海道を開発し,北海道という名前を考えた松浦武四郎に関して,①北海道を開拓した人として評価し,記念碑に残すべきか,②昔から住んでいた人々の生活を奪った人として評価し,記念碑を壊すべきか,をめぐって意見が割れていることを紹介しました。歴史を記憶し,語り継ぐことの難しさを実感しました。
授業を振り返って
4年生の伝統・文化単元を扱ったのは,今回で3回目です。しかし,地域の「開発」を取り上げたのは初めてでした。「記念碑」を視点に議論したのも初めてでした。記憶のあり方をめぐっては国内外の社会的な争点となっています。今回の授業では,いわゆる「開発」単元を素材に,歴史記憶という公共的課題を扱うことができる可能性を提起できました。今後もEVRIは,最新の教育理論に基づいて「広域交流型オンライン学習」を発信して参ります。なお,東広島市以外の自治体・学校の参加も歓迎します。いっしょにオンライン授業をしませんか。ご関心があれば,お問い合わせください。
授業実施者:草原和博
授業補助者:各小学校での授業担当教員
柏原地区からの中継:川本吉太郎,新谷叶汰,森俊輔
北海道幣舞公園からの中継:岸本考史
学校技術支援担当(東広島市内小学校):天野珠希,内田智憲,大岡慎治,小田原瞭雅,小野創太,小野郁紀,國重和海,黒岩佳太,澤村直樹,重野聖怜,中嶌千紗,藤原武琉,松原信喜,山本健人
事務局機器担当①(広島大学):草原聡美,田中崚斗,久我祥平
事務局機器担当②(郷田小学校):林千里,清政亮,両角遼平,山本亮介,吉田純太郎
「デジタル・シティズンシップ・シティ:公共的対話のための学校」プロジェクトメンバーである三井・川本・宇ノ木・神田が更新しています! ぜひ、本記事を読んだ感想や疑問・コメントをお寄せください!
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