授業実践

【地理的・歴史的な見方・考え方】社会の見方・考え方を学び,社会をより深く理解しよう!

2023.05.24
目次
この授業実践の関係者

授業実施者:金鍾成,草原和博
授業補助者:各小学校での授業担当教員
学校技術支援担当:小野郁紀,片岡望咲,國重和海,黒岩佳太,重野聖怜,両角遼平,山本亮介
事務局機器担当(広島大学):草原聡美
事務局機器担当(志和中学校):内田智憲,岡井美咲希,川本吉太郎

2023年5月24日,東広島市内中学校4校5学級(志和中学校,福富中学校,豊栄中学校,河内中学校)の1年生(99名)が参加し,「地理的・歴史的な見方・考え方」をテーマとする遠隔授業を実施しました。蕎麦屋と教室,一万円札,さらにはG7広島サミットなど様々な社会的事象を手がかりに,地理学者や歴史学者が働かしている見方・考え方を習得し活用することを目指しました。授業全体の進行を金鍾成准教授が,解説を草原和博教授が務めました。

本時は,大きく3段構成で展開していきました。
第1に,地理的・歴史的な見方・考え方の存在に気づく段階です。日常的に目にする事物であっても,地理学や歴史学の観点で考えてみれば,より鋭い捉えをすることができるようになります。そこで東広島市の水道料金を例に,私たちはどのような見方・考え方を現に働かせることができるかを確認するところから始まりました。
具体的には,①東広島市の航空写真,②東広島市の地形図,③1990年から2020年の東広島市の人口変化,④広島県のダム分布の4つの資料をもとに,「東広島市が市外から水を買っている理由」について生徒らに予想を求めました。生徒は前日までに予想を試みており,その答えを発表するところから授業はスタートしました。生徒からは「人口が増加して水が足りなくなったからではないか」「東広島市には山や川が少ないからではないか」「水をダムに貯めすぎているからではないか」といった予想が示されます。これを受けて,草原教授は,地理的には,人間だけでなく,農業や工業のための水の使用にも注目してみてはどうか,歴史的には,戦前に開発された水源池の存在も見逃せないのではないか,といったコメントが示されました。地理学や歴史学に精通しているからこそできる捉えです。これらのやりとりを通して,今みんなが持っている見方・考え方をもっと洗練させてほしいとの呼びかけがあり,学習課題として,「社会の見方・考え方を学んで,(地理学者や歴史学者みたいに)社会をより深く理解しよう!」が設定されました。

第2に,地理的・歴史的な見方・考え方を習得する段階です。下に示す代表的な10の視点・方法の獲得がめざされました。
【地理的な見方・考え方】
①位置(どこか)
②場所(そこには,何があるか)
③人間と環境の相互作用(そこにあるものには,どのような関係にあるか)
④移動(そこにあるものは,他の場所とどのように結びついているか)
⑤地域(そこはどのようなところか。どのように変わってきており,どのように変わっていくか。)
【歴史的な見方・考え方】
⑥時期・年代(いつか)
⑦変化(それは,どのように変わってきたか)
⑧類似と差異,比較(それらの出来事は,何が似ていて,何が違うか)
⑨相互の関連(その出来事は,他の出来事とどのような関係にあるか)
⑩現在とのつながり(その出来事は,今にどういう影響や教訓を与えているか)

まず地理的な見方・考え方を獲得させるために,東広島市内の(田園の中にポツンと一軒ある)某蕎麦屋が取り上げられました。具体的には,①蕎麦屋の外観・内装を映した映像,②店の立地がわかる航空写真,③店の外に置いてある石(小学校跡と刻まれている),④天ぷら蕎麦を食べに来た客の写真,の4点です。生徒はこれらを見て気になったことを「問い」に表す活動に取り組みました。生徒は,Google Formを通して問いを提出し,各学級の担当教員は,問いの一覧を眺めながら,教室代表の問いを選んでジャムボードに入力しました。さらにその問いの中から特に注目するべき問いを金准教授が選抜し,その問いに働いている地理的な見方・考え方を草原教授が解説していきました。生徒のつくった問いと地理的な見方・考え方は,下のようになりました(「地域」の問いは,草原教授から提示されました)。
・「蕎麦屋はどこにあるのか」(位置)
・「周りになにもないところに蕎麦屋があるのはなぜだろうか」(場所)
・「天ぷらの材料はどこのものを使っているのだろうか」(人間と環境の相互作用)
・「蕎麦屋の客はどこから来ているのか」(移動)
・「蕎麦は地域の中心産業なのだろうか」(地域)

次に歴史的な見方・考え方を獲得させるために,教室のイメージ図が取り上げられました。具体的には,①江戸時代の寺子屋を描いた絵,②明治時代の小学校の教室を描いた絵,③現在の教室風景の写真,3点です。生徒は,地理と同様に気になったことを「問い」の形に表していきました。生徒つくった問い歴史的な見方・考え方は下のとおりです(「変化」の問いは,草原教授から提示されました)。
・「学校はいつ始まったのか」(時期・年代)
・「学校に行ける子どもの数は増えたのか,減ったのか」(変化)
・「江戸時代は筆を使っていたのに,明治時代は鉛筆を使っていたのはなぜか」(類似と差異,比較)
・「寺子屋の先生が刀をもっているのは,なぜか」(相互の関連)
・「(今だったら整然と整列して授業を受けないと怒られるのに)なぜ寺子屋の子どもは散らばって自由に勉強をしているのだろうか」(現在とのつながり)

このように生徒の素朴な問いから地理的・歴史的な見方・考え方がたくさん抽出され,無意識のうちに私たちが働かせている地理的・歴史的な見方・考え方に気づくことができました。また,見方・考え方の解説では,草原教授が10の見方・考え方を図式的に表現したり,赤色(地理)と青色(歴史)の帽子で働かせている見方・考え方の違いを可視化することで,見方・考え方のメタ認知を一層促すことが行われました。

最後に習得した地理的・歴史的な見方・考え方を活用する段階です。先の活動で獲得した10の見方・考え方を働かせて,問いを生成する活動に取り組ませます。
1つは,新現旧の3枚の1万円札です。聖徳太子,福沢諭吉,渋沢栄一がそれぞれ描かれた1万円札のデザインを参照しながら,生徒は問いづくりに努めました。活動時間が限られていたものの,生徒からは「なぜお札の真ん中に丸が描かれるデザインは変わっていないのか(比較)」「なぜお札の人物は変わるのか(変化)」「どのようなことをしたら1万円札に載ることができるのか(現在とのつながり)」などの問いが示されました。資料の特性上,歴史的な見方・考え方を働かせる問いが続いたので,草原教授より地理的な見方・考え方を1万円札に働かせた問いの例が示されました。
もう1つは,広島G7サミットです。地理的・歴史的な見方・考え方を日常生活で使うとすると,どういう場面が考えられるだろうかと問いかけると,ある生徒は次のように答えました。「地理的な見方・考え方を使えば。『なぜヒロシマという場所でサミットが行われたのか』という問いを考えることができる」。この答えに触発されて,「G7サミットにはどこの国が来ているのだろうか(位置)」「G7サミットはいつから始まったのだろう(時期・年代)」「サミットの参加国の数は,どのように変わったのか(変化)」,「G7サミットは,なぜ始まったのか。当時のどんな出来事と関係しているのか(相互の関連)」「G7広島サミットの会場が元宇品になったのはなぜか(移動,人間と環境の相互作用)」,このような問いを草原教授が例示していきました。様々な地理的・歴史的な見方・考え方を働かせることで,G7について新しい世界が浮かび上がり,生徒は見方・考え方の有用性を実感できたと推測します。

地理的・歴史的な見方・考え方は抽象的な概念であり,教えること・学ぶことに困難さを抱いている学校も少なくないようです。今回の授業の意義は,見方・考え方それ自体を独立して取扱い指導するモデルケースを提案した点にあります。「問い」をつくる活動を何度も繰り返し,見方・考え方を①自己認知→②個別習得→③総合活用→④日常活用させる流れは,本授業のねらいにふさわしい構成ではないでしょうか。
なお,今回の授業は,「東広島市広域交流型オンライン学習」を中学校に拡張した初めての取組でもありました。小学校とは異なり,中学生ならではの高い表現力や高いICTスキルを活かすことで,対話的な学びを,教室を越えて実施できる見通しが得られました。小規模校を結ぶことで,他学級の生徒から,自分たちだけでは気づかない斬新な視点が得られる効果も確認できました。今回の経験と成果を,7月に予定されている中学3年公民的分野「社会の見方・考え方」の授業開発に活かしてまいります。

この記事を書いた人
SIP staff
三井・川本・宇ノ木・神田

「デジタル・シティズンシップ・シティ:公共的対話のための学校」プロジェクトメンバーである三井・川本・宇ノ木・神田が更新しています! ぜひ、本記事を読んだ感想や疑問・コメントをお寄せください!