授業実践

【地域調査の手法】地域調査の手法を学ぶ ―正しさや詳しさだけが「良い地図」の条件か―

2025.06.11

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概要

2025年6月11日,東広島市内中学校4校4学級(志和中学校,福富中学校,豊栄中学校,河内中学校)の2年生100名と,スペシャルサポートルーム,スクールSの子どもたちが参加し,遠隔授業を実施しました。今回の授業の主題は,「地域調査の手法を学ぶ-正しさや詳しさだけが「良い地図」の条件か?-」。様々な地図の「良さ」を分析し,実際に「良い地図」を描く活動を通して,地域調査の手法を体験的に学びました。授業の進行は,広島大学の草原和博教授が務めました。

導入:良い地図ってどんな地図?

授業は,「部活動の大会で初めて会場に行く」場面で絶対に使いたくない地図を発表することから始めました。子どもたちは,情報が不足していたり,逆に情報が多すぎたりする地図,縮尺が不適切な地図などを「悪い地図」として挙げました。

「悪い地図」をイメージできたところで,地理院地図・Googleマップ・観光マップ・バス路線図・住宅地図から「良い地図」を選ぶアンケートを実施。結果は,大多数の生徒(88.5%)がGoogleマップを支持,次いで地理院地図を支持しました。

では,なぜ支持を受けているGoogleマップや地理院地図がよいといえるのか。草原教授が,形容詞1語でまとめるよう子どもたちに問いかけました。子どもたちは,「詳しい」「見やすい」「使いやすい」「分かりやすい」などの多様な「良さ」を主張しました。主張を受けて,本時の学習課題「「正しい」や「詳しい」,「使いやすい」だけが「良い地図」の条件か?」が示されました。

ここで,課題に対する学習前の考えを確認。子どもたちは,「年齢や目的によって適切な詳しさは違う」「正しさも詳しさも譲れない」といった意見を述べ,課題に対する賛否が割れていることが分かりました。この導入を通じて,「良い地図」について考える必然性が生まれました。

展開1:様々な地図の「良さ」を分析する!

アンケート結果

①バス路線図(63.3%),Googleマップ(31.6%)
②Googleマップ(77.9%),観光マップ(18.2%)
③住宅地図(42%),地理院地図(39.8%),Googleマップ(18.2%)

アンケートの結果を受けて,子どもたちは「Googleは神だと思っていたけど,地理院地図や住宅地図も人気があって,それぞれに長所や短所がある」「状況によって良い地図は変わる」「バス路線図だとバス乗り場から目的地が離れていると行きにくいので,やっぱりGoogleマップがいい」といった意見を出しました。多様な視点から地図の価値を考える姿勢が見られました。

草原教授は,では人気のなかったバス路線図は「悪い地図」なのか,と問い返し,省略化・単純化された地図の良し悪しについて議論を行いました。バス路線図の特色を形容詞1語で表す活動では,「専門的」「使いにくい」「見にくい」などの表現が多数挙がりました。その後,賛成派(悪い地図と考える)と反対派(良い地図と考える)に分かれて討論を実施。賛成派は,「複雑で字が小さくて見にくい」「Googleマップですべて解決するし,バス停の位置は分からない」と主張。反対派は「バスに乗るという目的に特化して使える専門的な地図」「海外のひとにとっては使いやすい」と主張しました。さらに,議論の内容をAIが分析したところ,AIは少数意見にも注目しながら,利用者にとって使いにくいのであれば「悪い地図」だという立場に納得したと全体にフィードバックしました。

このように,授業の前半では,複数の地図の特色について分析・議論したりAIの意見を参照したりすることで,「良い」地図の条件について理解を深めることができました。

展開2:実際に「良い地図」を描いてみる!

授業の後半は,前半の議論で見えてきた「良い地図」の条件を踏まえて,実際に「良い地図」を描く作図活動を行いました。まず,地理の専門家・熊原康博教授に前半の感想を聞くと,「地図を描く際は,目的は何か,誰のためか,どこにあるのかが大事」「例えば,バス路線図が西条駅にあれば,西条から豊栄に行くことができる」と述べました。また,実際に地理院地図を画面共有しながら,縮尺を変えると情報が省かれていくことをデモンストレーションしてくれました。熊原教授のコメントを受けて,草原和博教授が「目的」「主体」「場面」という三つの視点から「良い地図」を捉える重要性を提示しました。

「良い地図」の条件が分かったところで,子どもたちは実際に「良い地図」を描くグループ活動に取り組みました。描く地図は「ア:高速道路を使って車で学校を訪問する人のための地図」「イ:校区のおスス施設を県外の観光客に紹介するための地図」「ウ:大雨時に危ない場所を小学生に教えるための地図」の3種類。大学生が作った見本を参考にしながら,目的や利用者を意識した地図の構成を工夫し,情報を取捨選択しながら地図を描いていきました。

作図後には、各学級が代表の地図と発表者を選出し、工夫した点を他の学級に向けて発表しました。例えば,福富中は,「アの地図では2つのインターチェンジから行くことができるルートを描いた」「イの地図ではカラフルで楽しそうにまとめて,写真で道の駅のイメージがわかるようにした」「ウの地図では土砂崩れの危険がある場所(急な斜面や谷)を赤く,水害の危険性がある場所を青く塗った」と発表してくれました。この発表に対して河内中からは「カラフルで分かりやすい」などの感想が返されました。また,豊栄中は「ウの地図では小学校の位置を絵で描いて分かりやすくした」「土砂崩れの起きそうな山を示した」と工夫を発表し,志和中から「ふりがなや絵で小学生にも伝わるようにしていてよかった」と感想が寄せられました。

このように,授業の後半では,単に地図を描くだけでなく,目的や主体,場面を意識しながら「良い地図」を描く手法や態度を学ぶことができました。

終結:「良い地図」の条件とは?

授業のまとめとして,熊原教授から各学級の作品にコメントをもらいました。熊原教授は「行ったことのない地域でも,そこにあるものが分かるというのが地図の良さだ」と述べた上で,志和中については「行ったことのない場所でも行ってみたいと思わせるワクワクさせる地図だった」,福富中については「中学校に1つのインターチェンジからのルートだけでなく,2つのルートを提示するという発想がいい」,河内中については「災害ごとに起こる場所を色分けして描けていた」,豊栄中については「凡例を示すという地図の原則が守られていた。間違いやすいところが描かれており,読み手のことを考えることができていた」と評価しました。

最後に,授業全体の締めくくりとして草原教授は「「良い地図」の条件は,目的・主体・場面によって適切に使い分けること」「地図を持って実際に現場に行ってみて,使える地図かどうか確かめてほしい」とまとめました。

地図を通じて育む公共的視点

今回の授業は,現地でのフィールドワークを行わずとも,シミュレーション的な地域調査として実施されました。授業前の「Googleマップは神だ」という素朴な見方が,授業後では「目的」「主体」「場面」に応じて「良い地図」は変わるという見方に変容しました。また,オンラインで学習することによって,地図に対する多様な他者の考えに触れたり,自分たちの地域を対象に作った地図が他の地域の人にどう伝わるのかを考えたりする経験になりました。地図は,作成者の意図や他者による使用を前提としたメディアです。そのことを子どもたちが実感できたことは,公共的な視点を育む大きな一歩であったといえます。

引き続きNICEプロジェクトでは,どこでも,誰でも,誰とでも学ぶことのできる時代ならではの授業を提案してまいります。

この授業実践の関係者

授業実施者Ch1:草原和博
授業実施者Ch2:三井成宗,濵田莉緒,瀧本耕平
授業補助者:各小学校での授業担当教員
広島大学からの中継:熊原康博
学校技術支援担当(東広島市内小学校): 川本吉太郎,神田颯,圓奈勝己,中西美里
事務局機器担当①(広島大学):草原聡美,岩切祥
事務局機器担当②(広島市立基町小学校):宇ノ木啓太,野津志優実,小島拓歩

この記事を書いた人
SIP staff
三井・川本・宇ノ木・神田

「デジタル・シティズンシップ・シティ:公共的対話のための学校」プロジェクトメンバーである三井・川本・宇ノ木・神田が更新しています! ぜひ、本記事を読んだ感想や疑問・コメントをお寄せください!