南浦 涼介(広島大学)
いよいよ指導案化! しかし道のりは長い
ここまで「多言語景観」に関わる教材を集めたところで,いよいよ,「チラシ」時に大枠として考えていたものを,具体的な指導案の形にするフェーズになった。
今回は3回目。指導案も割とスムーズに進むだろうと思っていたのだけれど,実際に蓋を開けてみれば案外そうじゃない,具体的にすると迷うポイントがいくつも出てくるのだった。今回はそれをいくつか取り上げてみたい。
お悩みポイント① 子どもが見えない中での導入づくり
まず,第1のお悩みポイント。導入部のクイズ問題。この時点ではまだ「参加する学校」が決まっていない。そのため,なんとなく「ここの学校が来るかなあ,どうかなあ」でつくっているフシがある。
今回,導入部で「多言語景観」のクイズをすることからはじめようと思っていた。最初の指導案を見てみると
- (釧路の道路看板)僕たちの街の道路の標識には「ロシア語」が入っています。釧路はロシアにも近くて,実はロシアの人もたくさん住んでいます。
- (広島市の看板)僕たちの街の看板にも,たくさんの言葉が書かれています。英語,中国語,韓国語,スペイン語,ポルトガル語で,たくさんの国の人が住んでいます。
と書いてある。これがまずやっかいだった。
というのは,すでに釧路に何度も行かれているスタッフから,「南浦先生,釧路にたぶんあまりロシア語看板ないっす!」という報告があったからだ。「ええ!?」と僕。おかしい。十数年前にたしか,月刊『社会科教育』で北海道教育大学釧路校の先生がロシア語の看板の写真で「授業ネタ」をつくっていたような気がしたのだけれど……あれは僕の見間違いだったのかもしれない。あるいは,別のまちだったのかもしれない。
というように,実際にはそうした看板がいつもあるわけじゃないということもあるし,なによりも「相手(参加校)が決定する前につくる指導案の難しさ」を改めて感じたのだった。
最終的に,草原先生やスタッフのみなさんからのアドバイスで「子どもたちの『ご当地クイズ』じゃなくてもいいんじゃないか?」という発案で,参加する学校の場所にかかわらず,いろいろな多言語景観を見ながら「何語かな? ここはどこかな?」を当てるクイズをみんなで行うということになった。
たしかに,お互いを知るということと,ご当地クイズにすることは一緒ではない。まして,参加校は多言語的世界が多く広がる地域だけではないわけで,みんなでいろいろな場所を考えるほうが良さそうだった。


お悩みポイント② 「用語」のつくりかた
第2のお悩みポイント。それは「名前の付け方」である。小学校の授業である。3年生から6年生まで関わる可能性がある授業で,「用語」をどうするかはかなり難しい。今回は2つの点で悩んだ。
1つは,そもそもこの授業の中核である「多言語景観」という言葉だ。当然ながらこれは学術的にすぎる。昔,大学生を相手に授業をしたときは,「ことばの景色」としたことがある。しかしこれも実際にはやや情緒的すぎて,特に子どもを相手にした場合,多義的すぎて伝わりにくい。「多言語」も難しいし「景観」も難しい。
後者の方は,今回は「看板」系が多いということから,「お知らせ」にしようということになった。一方で「多言語」は難しい。「いろいろな言葉」でもピンとこない。
結局これは,定義づけることになった。「日本語・英語だけじゃなく,3つ以上の言葉をつかっているもの,これを『多言語』といいます」という説明を定義と共につたえることで,「多言語お知らせ」というこの授業特有の「用語」を作り出した。これは1人では難しく,スタッフと草原先生とのやりとりあってのもの。いろいろな人の言語感覚を突き合わせることで生まれるものでもある。
もう1つは,授業の後半,この「多言語お知らせ」に2つの種類のものがあると言うことに関してだ。多くの「多言語お知らせ」は,「注意系」が多い。のんバスにある「席を立たないで」というのも1つの「注意系」だ。(注意系が多くなる背景には,基町に取材時の https://sip-dcc.hiroshima-u.ac.jp/education_column/minamiura3-3/ を参照)
ただ,この授業の主眼としては,「注意系だけじゃないもの」に目を向けていく必要がある。
「注意系」という用語は少し強い。それで「気をつけて系」にした。これは割と簡単だった。
難しいのはもう一つの方だ。つまり,サービス・利益のような「知っておくとお得なもの」なのだけれども,「気をつけて系」という言葉ほどにピンと来る用語が難しい。「サービス系」もやはりピンと来ない。
うーん,なんだろうなあと悩んでいたところ,草原先生から「『お助け・お役立ち系』というのはどうだろうか」という発案。まわりのスタッフにも響いた様子。こういう「語感」というのは興味深いところがある。
実は個人的に最初,「お助け・お役立ち系」は「わかりやすいけれど,なんとなく比喩感が強い気がする」と思った自分がいる。これは僕の人生のある種の部分が日本語教師だったからなのかもしれない。そのため,いわゆる小学校で使われる子ども向けの言葉にどこか難しさや違和感を持っているからかもしれない(例えば社会科で,人の行為の意図や背景を指すときに「ねがい」と言ったりすることの,若干の難しさ)。
ただ,多くの子どもたちにはおそらくピンと来る気がする。「ねがい」よりも多分ズレもないだろう。ここは小学校の子どもたちと,そこにたくさん関わってきたスタッフと草原先生のセンスを信じるほうがいいと思った。
ついでに「気をつけて系」も「やっちゃだめ系」という言い方に空気感を揃えたのだった。(気をつけてだと少しやさしすぎるきらいがある)


第1案にくらべて最終版はかなりふくらんだ。ここの流れはスタッフの三井さんと宇ノ木さんがじっくり検討して,アイデアをくださったところ。
こうして,「多言語お知らせ」の中の「やっちゃだめ系」「お助け・お役立ち系」という用語が確定したのだった。
2023年の春に広島大学にやってきました。「先生」の仕事は23年目,大学の先生の仕事は14年目,広島大学の先生の仕事は2年目の古米のような新米です。授業や多文化共生の教育の仕事が大好きですが,ラーメンも好きです(最近控え中)。
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