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概要
2025年7月9日,東広島市内小学校6校11学級(原小学校,吉川小学校,福富小学校,豊栄小学校,木谷小学校,龍王小学校)と,北海道内小学校4校5学級(釧路市立清明小学校,北広島市立西部小学校,伊達市立関内小学校,奥尻町立奥尻小学校),鹿児島県徳之島町内小学校2校2学級(花徳小学校,母間小学校)の5年生,全392名が参加し,遠隔授業を実施しました。授業の主題は「米づくりのさかんな地域-教科書に出てくる米づくりは,日本の代表にピッタリか?-」。本授業では,社会科教科書に載っている庄内平野(東京書籍)や南魚沼市(教育出版)と,参加校の地域の米づくりの実情を比較しながら,日本の代表的な米づくりのあり方とは何かについて考察しました。授業の全体進行は広島大学の草原和博教授が担当し,各教室の進行は学級担任が担当しました。


導入:教科書に出てくる米づくり
授業は,社会科教科書に登場する庄内平野や南魚沼市の米づくりに関するクイズから始まりました。子どもたちは「日本の米生産量第2位の都道府県は?」「写真に写っている建物は農家の家か?倉庫か?」といった問いに○×で回答。教科書の写真によく登場する巨大な建物は「カントリーエレベーター」と呼ばれる米の乾燥・保管施設であることを確認しました。
ここで,「カントリーエレベーターは日本の米づくりの風景としてピッタリか?」についてアンケートを実施しました。結果は「はい」と回答した人が48.7%,「いいえ」と回答した人が51.3%でした。子どもたちからは,「カントリーエレベーターは米作りに必要だからピッタリだ」「日本は土地が狭く立てる場所がないからピッタリではない」「自分の地域にはカントリーエレベーターも田んぼもない」といった意見が出されました。このように,教科書が示す日本の米づくり像・米農家像への違和感が明らかになったところで,本時の課題「教科書に出てくる米づくりは,日本の『代表』にピッタリか?!」が示されました。


展開1:Aさんの米づくりとの比較
授業の前半では,東広島市のAさんの米づくりとの比較を通して,教科書に出てくる米づくりを読み解いていきました。まずは,教科書に出てくる米づくりの特色について, 5つの視点を参加校で分担して調べました。
①田んぼの水と面積,
②農家の収入(兼業か専業か),
③所有する機械,
④栽培するお米の種類,
⑤農家の願い
調べた後は,農家の特色を「○○な農家」というフレーズで表現してもらいました。例えば「効率よく安全なお米を作る農家」「機械を使ってたくさんの美味しいお米を作る農家」「田の面積が広い農家」など,効率・大規模・機械化を意味するキーワードが多く見られました。ここで草原教授は全国の販売農家(59%)・専業農家(33%)・大規模農家(2.4%)の割合を紹介し,「教科書に出てくる米づくりは日本の代表と言ってよいかな?」と再度問いかけました。
その後,東広島市豊栄町で米づくりをしているAさんの暮らしを紹介しました。Aさんは,「0.5haの田んぼを家族3人で管理している」「普段は農家以外の仕事をしている」「ため池から水を引き,他の農家と機械を共同利用している」「ほとんどのお米を自分の家で消費している」と語りました。また「おじいさんの言いつけを守って農家を続けている」「暑くてしんどい」「全体では赤字になっている」といった米づくりの実態が語られました。
ここで,「Aさんは教科書に出てくる農家に似ているか?」を尋ねると,「似ている」33.4%,「似ていない」66.6%という結果になりました。子どもからは,「教科書の農家はお米を売っているが,Aさんは家族や親せきで食べている」との違いを指摘されました。
さらに,東広島市役所の松島さんから東広島市の米づくりについて教えてもらいました。松島さんは,東広島市の農家の平均経営面積(1.2ha)や大規模農家の割合(1.3%)のデータを示しながら,東広島市は山がちで広い土地が少ないために,小規模な兼業農家が多数派であることが紹介されました。
このようにして子どもたちは,教科書に載っている米作りをと東広島市の米作りの姿と見比べながら,教科書の農家の代表性に疑問を持ち始めました。


展開2:自分たちのまちの米づくり
授業の後半では,参加校が所在する市町(東広島市・釧路市・北広島市・伊達市・奥尻町・徳之島町)の米作りについて調べ,その多様性に目を向けました。子どもたちはまず,「みんなの学校がある市町ではお米を作っていると思うか?」の問いに〇×で結果を予想。その後,各市町の米の生産量に関する統計資料を示し,〇×の答えを確認しました(釧路市や徳之島町は×。他の市町はすべて〇)。また子どもたちは「奥尻島でも米が作られていてびっくりした」「北海道は米の生産量2位なのに,作っていない地域があって驚いた」などと感想を述べました。
さらに,各地の専門家や現地の小学校との中継を通じて,「北海道の西側にある伊達市は温かいので米や野菜が作られている(気温の影響)」「明治時代に中山久蔵が寒さに強い赤毛米を作った(品種改良の結果)」「釧路市では寒冷な気候や火山灰の土壌が米作りに適さないので酪農をするようになった(気温・土壌の影響)」「徳之島町では国の減反政策によって,田んぼをサトウキビ畑に変えた(政策の結果)」ということを知り,米づくりの有無は自然条件に左右されるだけでなく,人々の努力や国の方針にも左右される関係が見えてきました。
このように各地の米づくり調査を通じて,全国には米作りがしやすいところもあれば,米を作りたくても作れないところ,米を作りたいけど諦めたところもあることが判明しました。また,教科書に描かれた儲かる大規模な米作りだけが,日本の米づくりの特色とは言えない実態が浮かび上がりました。


展開3~終結:教科書に載せたい米づくり
授業の終盤では,「何を教科書に載せたら日本の『代表』によりピッタリか?!」という課題に対し,各学級がスライド1枚に提案・代案をまとめる活動に取り組みました。子どもたちは,「害獣や人手不足,気候など農家が困っていることを載せる(東広島市立福富小)」「寒冷稲作を成功させた中山久蔵と米の歴史を載せる(北広島市立西部小)」「米づくりに合わない自然条件や国の政策によって米を作らなくなった地域を載せる(東広島市立豊栄小)」「規模が違う米づくりを示して,多様な米づくりを伝える(東広島市立木谷小)」などの提案をしました。これらの提案には,授業で学んだ多様な視点が反映されていました。
授業の終結では,社会科教科書の執筆者である溝口和宏先生から,子どもたちの提案にコメントをいただきました。溝口先生は「教科書に載っている米どころは,人々の食生活を支えた長い歴史がある」「全国の小学生には(みんなが発表したように)多様な米作りに関心を持ってほしいので,皆さんの提案を教科書に取り上げることも考えたい」と述べ,子どもたちの提案に丁寧に応答いただきました。各教室の提案に対しては,AIも応答してくれました。AIは「大規模農家だけでなく,小規模農家や地球温暖化にやさしい農業について考え」るために,「小・中規模農家のお話を載せる」提案をした東広島市立原小の提案を高く評価し,授業者や専門家とは異なる見方を提示しました。
最後に草原教授は「大規模に行う儲かる米づくり」を紹介するべきか,「小規模で続けることに悩む米づくり」を紹介するべきかで意見が分かれたとまとめました。この過程を通じて,社会科教科書を批判的に読み解き,あるべき教科書の姿を提案する姿勢を育んでいきました。


つながることによる教科書像の相対化
授業全体を通じて,子どもたちは「教科書に描かれる米づくり」と「自分たちの地域の米づくり」「全国各地の米づくり」の間にあるギャップに気づきました。印象的だったのは,東広島市の子どもたちが,徳之島の米づくりからサトウキビづくりへの転作に関心を持ち,教科書に取り上げるように主張した場面です。他所の子どもの語りを聞くことで教科書を相対化していく展開を通じて,あるべき社会科教科書像を考え,提案する態度を育むことができました。今後もNICEプロジェクトでは,子どもが公共的課題について提案し合えるデジタル公共圏の創出をめざします。
授業実施者Ch1:草原和博
授業実施者Ch2:近藤郁実,瀧本耕平
授業補助者:各小学校での授業担当教員
学校技術支援担当(東広島市内小学校):後藤嘉希,圓奈勝己,松岡佑奈,神田颯,山本成瀬,晴佐久優花,南浦涼介,青山伸洋,手嶋高嶺,森涼夏,横田亜美,藤本真奈
学校技術支援担当(北海道内小学校):佐々島忠佳,下川瑠生,三井成宗,玉井慎也,深見智一,大戸玲穂
学校技術支援担当(鹿児島市内小学校):川本吉太郎
事務局機器担当①(広島大学):草原聡美,岩切祥
事務局機器担当②(東広島市立木谷小学校):宇ノ木啓太
「デジタル・シティズンシップ・シティ:公共的対話のための学校」プロジェクトメンバーである三井・川本・宇ノ木・神田が更新しています! ぜひ、本記事を読んだ感想や疑問・コメントをお寄せください!
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