授業実践

【世界の中の日本の国土】岬に新たな碑を立てるならば?

2026.04.24

指導案・教材・YouTube動画

概要

2026年4月24日(金),北海道内小学校5校6学級(伊達市立伊達小学校,関内小学校,大滝徳舜瞥学校,利尻町立沓形小学校,奥尻町立奥尻小学校)の5年生134名と,鹿児島県徳之島町立花徳小学校の5年生(1学級6名),安芸高田市立向原小学校(1学級9名),各地の教育支援センターが参加し,「国土」をテーマとする遠隔授業を実施しました。今回は,「世界の中の日本の国土—岬に新たな碑を立てるならば?—」と題して,碑の文の理由を考えたり,より望ましい碑の文を構想したりしました。

導入:宗谷岬と納沙布岬の碑の文には何が書かれているのか? 

本時は,「北海道の端」に関するクイズから始めました。クイズでは,まず,「「北海道の端」である4つの岬(宗谷岬,納沙布岬,白神岬,尾花岬)のうち,どの岬から中継しているか」を問いました。具体的には,中継者の神田さんと三井さんが,現在いる場所から見える風景や建造物を紹介し,その情報を手がかりとして,児童に2人がどの岬にいるのかを考えてもらいました。

次に,「2人がいる宗谷岬と納沙布岬にある碑文に,何が書かれているか?」を問い,宗谷岬の碑文には「日本最北端の地」,納沙布岬の碑文には「本土最東端」と書かれてあることを確認しました。これを踏まえ,児童には,教科書の地図を読み取る中で疑問に思ったことを発表してもらいました。「教科書には日本の最北端は択捉島と書かれているのに,碑文には宗谷岬と書かれているのはおかしい。教科書は間違っているのではないか」という意見や,「『本土』最北端であれば宗谷岬だと思うが,『日本』最北端であれば択捉島なのではないか」という意見が出ました。さらに,「教科書には日本の最東端は南鳥島と書かれているが,納沙布岬の碑文には『本土最東端』と書かれていることが疑問だ」という意見も出ました。

碑文に対して疑問を持つ人もかなりの数いることが分かったところで,本時のめあて「碑の文はこのままでよいか?もう1つ碑やかん板を立てるならば、何と書くか?」が提示されました。

展開1:碑の文の理由を考えてみよう!

次に,なぜ先の碑の文になったのか,その理由を考えました。

まず,児童に理由を予想してもらいました。伊達小2組・関内小・大滝徳舜瞥学校・花徳小は納沙布岬の碑を,沓形小・伊達小1組・伊達小3組・奥尻小は宗谷岬の碑を担当しました。納沙布岬については,「本土最東端であることを強調するために,あえて本土最東端と書いた」「日本最東端である南鳥島には一般の人が行くことが難しいから,ここを本土最東端と書いた」という説が出ました。宗谷岬については,「北海道の中で最も北にあり,観光客が訪れやすい場所であるから日本最北端と書かれた」「島を除けば最北端が宗谷岬になるからではないか」という意見が出ました。

以上を踏まえ,碑の文の理由について,北海道教育大学釧路校の玉井慎也先生の意見を聞きました。玉井先生は,納沙布岬と宗谷岬の碑文について,「地元の立場からすると,一般の人が行くことのできる観光地として強調したかったからなのではないか」,「元島民の方や日本政府にとっては,納得のいく表現ではないかもしれない」と仮説を述べました。これを踏まえて,草原先生は,「碑の文には,(事実かどうかは別にして)作った人の立場が表現されているね」「作った人がみんなにアピールしたいことが書いてあるね」と第一時をまとめました。

展開2:碑の文を提案してみよう!

次に,「宗谷岬の碑はこのままでよいか?納沙布岬の碑はこのままでよいか?」のアンケートに児童が回答しました。アンケートの結果,全児童のうちの約60%の児童が,「どちらかというと,このままでよい」「このままでよい」と回答し,40%の児童が,「どちらかというと,このままでよくない」「このままでよくない」と回答しました。意見は割れました。

これを踏まえ,内閣官房領土・主権対策企画調整室の上村秀紀先生と玉井先生の意見を聞きました。上村先生は,日本の領土について多くの人にお知らせするお仕事をされています。東京にある「領土・主権展示館」から中継でお話してくれました。上村先生は,碑には「一般の人が行くことのできる場所」という条件のもと,地元の人などの様々な思いが書かれているのではないか、と述べました。玉井先生は,「地元の人の立場に立つと,変えた方がよいのかもしれない。自分の思いを碑に託してみてはどうか」と述べました。

次に,玉井先生と上村先生に対する質問タイムを設けました。児童からは,「歴史的には択捉島と宗谷岬どちらが先にできたのか」,「北方領土の返還はどこまで進んでいるのか」,「択捉島に人は住んでいるのか」,「北方領土に完全に行けなくなったのはいつからなのか」,「もし北方領土が返還されたら,碑の文はどうなるのか」,「北方領土はなぜロシアに占領されたのか」といった質問が提示されました。これを受けて,玉井先生は,「80年前の北方領土には1万7千人の人が住んでいた」「北方領土が返還されたらどうなるのかを思い浮かべて,碑の文を考えてみてはどうか」と述べました。上村先生は,日本政府の立場や現地の状況を踏まえながら,「ロシアによるウクライナ侵略の影響で北方領土に行けなくなっている」,「元島民の『ふるさと』であるだけでなく,ロシアの人にとっての『ふるさと』にもなっているということを考えないといけない」と述べました。

以上を踏まえ,児童には,「いま立てられている碑の横に,新しい碑か,かん板を建てるならば,何と書くとよいか」を問いました。伊達小2組・関内小・大滝徳舜瞥学校・花徳小の4学級は納沙布岬を,一方、沓形小・伊達小1組・伊達小3組・奥尻小の4学級は宗谷岬を担当し、それぞれのチームで碑の文を考えました。納沙布岬については,「碑を日本地図の形にして『北海道内最東端』と書く」,「徳之島の牛もつれていける日本第二の最東端」といった提案がなされました。宗谷岬については,「元島民の人への謝罪や,観光客へ訴える碑を付け加える」,「日本最北端の地は択捉島にしたいから,『本土最北端の地』に変える」といった提案がなされました。

終結

終結では,上村先生と玉井先生から,児童の提案に対して意見をもらいました。上村先生は,「何か決まった正解があるわけではないため、皆さんが作った案全てに価値がある」,「いろいろな情報に惑わされずに,自分で調べ,考え,自分の考えを持つことが大事だ」と述べました。玉井先生は,「碑にイラストを描くなど,いろいろな方法で表現するとおもしろいかも」と述べました。

授業者の草原教授は,授業のまとめとして,「碑には,作った人がみんなに伝えたい・記憶しておいてほしいことが書いてある」ので「同じ場所でも,立場が変われば別の書き方になるかも」とまとめました。

碑の文はどのように書かれるべきか?

今回の授業では,納沙布岬と宗谷岬の碑文を書き換えたり,補い合ったりする活動を通して,碑文を単なる事実の表示としてではなく,立場や願い,記憶を反映した社会的表現として捉え直すことができました。鹿児島県徳之島町からは花徳小が参加しましたが,同校の児童は納沙布岬を「徳之島の牛を連れていける最東端」と表現し,北海道の児童がこの提案に共感し受け入れる場面が見られました。これは,上村先生の述べる「自分事として考え,自分なりの考えを持つ」姿勢が芽生えた瞬間です。またこれは,他校の語りに耳を傾け,お互いの提案を踏まえ,よりよい碑文を協働して構築しようとする姿勢が育まれた成果でもあります。ここに,広域交流型オンライン学習の魅力があります。

引き続きNICEプロジェクトでは,児童と大人で共にデジタル公共圏をつくりだす授業を提案してまいります。

この授業実践の関係者

授業実施者:草原和博
授業補助者:各小学校での授業担当教員
納沙布岬からの中継:神田颯
宗谷岬からの中継:三井成宗
領土・主権展示館:正出七瀬
学校技術支援担当(北海道内小学校):草原聡美,川本吉太郎
事務局機器担当:宇ノ木啓太
協力:内閣官房 領土・主権対策企画調整室および領土・主権展示館の皆様(出演:上村秀紀様)

この記事を書いた人
SIP staff
三井・川本・宇ノ木・神田

「デジタル・シティズンシップ・シティ:公共的対話のための学校」プロジェクトメンバーである三井・川本・宇ノ木・神田が更新しています! ぜひ、本記事を読んだ感想や疑問・コメントをお寄せください!

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