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概要

2026年6月24日(水),広島・北海道・鹿児島の21校32学級の6年生(計634名)と,各地の教育支援センターの子どもたちが参加し,遠隔授業を実施しました。

今回の授業の主題は,「縄文のむらから古墳のくにへ-日本の歴史を知るのに,前方後円墳はどのくらい重要か?-」。三ツ城古墳(東広島市)を題材に,前方後円墳の存在や出土品から読み取れることとその限界を検討するとともに,大和朝廷(政権・王権)の影響が及ばなかった「ソト」の地域の歴史にも目を向け,教科書が描く日本古代史像を問い直しました。授業では,広島大学の草原和博教授がコーディネーターを,担任の先生が各教室の指導を務めました。

今回の参加校

広島県内小学校11校20学級477名(三ツ城小,志和小,造賀小,乃美尾小,福富小,河内小,風早小,龍王小,向原小,上下南小,須波小)
北海道内小学校5校7学級119名(芦野小,仙法志小,関内小,館小,北見中央小)
鹿児島県内小・中学校5校5学級38名(平川小,尾母小,尾母中,手々小,面縄小)

事後アンケートからみる子どもたちの学び(引用,一部体裁整え)

・ この授業を受ける前は,前方後円墳は全国各地にあると思っていました。でも,前方後円墳がない地域があることを知って,その地域のことは前方後円墳だけでは分からないということを学びました。
・ 専門家に聞いたり,違う学校の人たちの意見を聞くことでよく分かったと思います。またやりたいです。
・ 前方後円墳だけでは,大和朝廷の縄張りの外のことは全く情報がないので,日本の歴史は三割ぐらいしか知れないと思います。なので,貝塚や遺跡も知る必要があると思います。
・ 私は,前方後円墳から当時の日本全体の様子は半分くらい分かると思います。理由は,人骨や中国の唐で使われていたお金の写真を見て,他の国とのつながりがあったことや,偉い人と一般の人の差があまりなかったことがよく分かったからです。
・ 私は古墳の中から出てきた人骨から人がいたことや,丁寧に埋葬されていて偉い人だと思いました。「ソト」では,大和王権に関わらなくても自分たちで歴史を築いていたことに少し感動しました。このオンライン授業を受けて,人の意見を聞くことも大事だと思いました。

導入:広島にある前方後円墳「三ツ城古墳」

授業は,ホスト校の三ツ城小学校に隣接する三ツ城古墳からの中継で始まりました。草原先生が「古墳は昔の人の家の跡である」「三ツ城古墳は前方後円墳である」「大仙古墳より小さい」など,全4問の○×クイズを出題し,学芸員の中山さんが古墳の上から答え合わせと解説を行いました。子どもたちは,古墳が約1500~1600年前の権力者の墓であること,三ツ城古墳が全長92mの広島県内最大の前方後円墳であること,現在の姿は1990年代以降の整備によって復元されたものであることを学びました。

また,空撮写真に鍵穴型の輪郭をなぞり,円形と方形を組み合わせた前方後円墳の形を確かめました。三ツ城古墳の概要をつかんだところで,学習課題「三ツ城古墳のような前方後円墳から,当時の日本の様子がどれくらいわかるのだろうか?」が提示されました。

展開1:前方後円墳から,何がわかるのか?

展開1では,日本古代史を知るうえでの前方後円墳の史料的意義を検討しました。まず,三ツ城古墳のパンフレットを手がかりに,当時の人々の様子を読み取りました。各校からは,「古代人はここでお祭りやお祈りをしていた」「棺にはキラキラしたものやお宝が入っていた」「広島を治めていた大豪族が埋葬されていた」といった意見が発表されました。

続いて,学芸員の中山さんが「古墳の主・三ツ城さん」に扮して登場し,三ツ城古墳について解説しました。前方後円墳は,全国に約16万基ある古墳のうち約3%しかなく,大和朝廷(政権・王権)に認められた有力な豪族が築いた特別な墓であること,三ツ城古墳からは男性・女性・子どもの骨や,鏡,勾玉,鉄刀などが見つかっていることが紹介されました。また,朝顔形埴輪や家形埴輪から,当時の祭りや住まいの様子を想像できることも学びました。

その後,「前方後円墳から当時の日本の様子がどれくらい分かるか」を10点満点で評価しました。結果は,1~3点が10%,4~6点が42%,7~9点が41%,10点が7%でした。評価は中間からやや高い点数に集まり,三ツ城小学校の児童は,「昔の人の暮らしは豪族の政治に左右されてきたはず。豪族のお墓を調べることで,当時の人々の暮らし方が分かってくるのではないか」と,高く評価した理由を説明しました。

次に,前方後円墳の分布図を読み取り,各校がその広がりを円や複数のまとまりで表しました。さらに,自分たちの地域が分布の「ウチ」か「ソト」かを確かめると,北海道と鹿児島の学校が「ソト」と答えました。

そこで草原先生が,「では,3~7世紀の北海道や徳之島には,人は住んでいなかったのか。歴史はなかったのか」と問いかけました。北海道の子どもは,「北海道には前方後円墳がないけど,歴史はあると思う」と答えました。徳之島の子どもは少し考え込みながら,「見たことはない。歴史は多分あると思う」と応じました。前方後円墳がないことは,歴史がないことを意味するかという揺さぶりを契機に,前方後円墳の代表性を信じる当初の見方に揺らぎを感じ始め,「ソト」の歴史を確かめる次の探究へとつながっていきました。

展開2:「ソト」の遺跡から日本列島の多様性を捉える

展開2では,前方後円墳の分布の「ソト」にある北海道・北見市の常呂遺跡と,鹿児島県・徳之島の面縄貝塚を調べました。草原先生は,とある教科書の地図では北海道や南西諸島の一部が切り取られていることを示し,「切り取られてしまっている世界を覗いてみよう」と呼びかけました。各学級はZoomのブレイクアウトルーム機能を使って二つのグループに分かれ,学芸員の解説を聞きながら調査を進めました。

ブレイクアウトルームA 常呂遺跡(担当:中村学芸員)

【学芸員さんの解説】
「サハリン産の琥珀の首飾りや中国大陸由来だと推定されるガラス玉,本州で生産されたであろう鉄器,サハリンで特徴的な形の土器が出土している」
【子どもたちとの質疑応答】
・ 「竪穴式住居に住んでいたのか?」→本州と同じように竪穴式住居に住んでいたとされる。ただし,本州は四角い住居だが,北海道は丸い住居だった
・ 「黒曜石はどんなところでとれるのか?」→黒曜石がとれる特徴的な火山が北海道にはたくさんある(本州にも長野などにある)
・ 「どれくらいの人が住んでいたのか?」→2万人くらい住んでいたと推定される。日本全体で約500万人と推定されているのに比べると,やや少なかった可能性がある

ブレイクアウトルームB 面縄貝塚(担当:大屋学芸員)

【学芸員さんの解説】
「徳之島では人が生きていた証拠として,化石人骨や唐のお金が出土している」
【子どもたちとの質疑応答】
・ 「見つかったのは偉い人の人骨か?」→一般の人だと思われる
・ 「徳之島で争いはあったのか?本州のように米をめぐって争っていたのか?」→争いが起きていたかはわからないが,米は作られていなかった
・ 「夜光貝は貴重だったのか?」→夜光貝は徳之島でよく採れる。磨くとぴかぴか光るので,中尊寺金色堂に当時の徳之島の夜光貝が奉納されたという説もある

調査後は,異なる地域の学級同士がブレイクアウトルームでつながり,それぞれが調べた遺跡について報告しました。子どもたちは,自分たちとは異なる調査結果を知るなかで,「前方後円墳が分布しない(ヤマト王権の影響が弱かった)地域にも,その地域なりの歴史がある。前方後円墳だけでは日本列島全体のことを説明できない」などと考えを深めました。前方後円墳の「ソト」にも地域ごとに異なる暮らしや文化があり,日本古代史を捉えるには各地の遺跡に目を向ける必要があることが見えてきました。

終結:前方後円墳の歴史的価値を再評価する

終結では,「前方後円墳から当時の日本全体の様子がどれくらい分かるか」を再び10点満点で評価しました。点数を下げた児童は,「前方後円墳は日本全体に広がってはいなかった。いろいろなエリアを知るには,前方後円墳以外も見る必要がある」と説明しました。一方,点数を上げた児童は,「前方後円墳から分かることが多いと分かった。豪族の暮らしがよく分かった」と振り返りました。

草原先生は,前方後円墳が大和朝廷(政権・王権)とつながる人々の歴史を知る重要な手がかりである一方,当時の日本列島には,大和朝廷(政権・王権)とは異なる文化や暮らしをもち,世界と交易しながら生活した人々もいたとまとめました。そして,教科書がなぜ大和朝廷(政権・王権)の「内側」を中心に描いているのか,今後も考えていくよう呼びかけました。

「ウチ」と「ソト」から歴史を見ること

今回は,東広島市の三ツ城古墳という遺跡を入り口に,北海道北見と鹿児島徳之島という日本列島周縁部の遺跡にも目を向け,古代史を空間的な広がりから捉える授業となりました。大和朝廷(政権・王権)の成立と広がりを中心とした教科書の歴史記述とは異なるオルタナティブな歴史像が浮かび上がり,全国の参加校との交流を通じて,児童一人ひとりが前方後円墳の歴史的価値を問い直す機会となりました。

本プロジェクトでは,地域を越えた対話を通じて,教科書の「ウチ」と「ソト」を行き来しながら,歴史をより豊かに考える授業をデザインしていきます。

この授業実践の関係者

授業実施者Ch1:草原和博
授業実施者Ch2:大谷哲也,中西美里
授業補助者:各小学校での授業担当教員
三ツ城古墳からの中継:岩切祥,山口祐樹
ところ遺跡の森からの中継:大戸玲穂
ブレイクアウトルームのファシリテーター:神田颯,川本吉太郎
学校技術支援担当(東広島市内小学校):井上蒼太,湯川茉琴,小笠原周哉,川本吉太郎,山田悠華,中西貴公,晴佐久優花,宮崎颯太
学校技術支援担当(北海道釧路市内小学校):佐々島忠佳,山口藍
事務局機器担当①(広島大学):草原聡美,神田颯
事務局機器担当②(東広島市立寺西小学校):宮本侑弥,長野睦生,宇ノ木啓太
協力:東広島市出土文化財管理センター(出演:中山学様),北見市教育委員会社会教育部 ところ遺跡の森(出演:中村雄紀様),徳之島町郷土資料館(出演:大屋匡史様)

この記事を書いた人
SIP staff
三井・川本・宇ノ木・神田

「デジタル・シティズンシップ・シティ:公共的対話のための学校」プロジェクトメンバーである三井・川本・宇ノ木・神田が更新しています! ぜひ、本記事を読んだ感想や疑問・コメントをお寄せください!

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