指導案・教材・YouTube動画
授業の概要
2026年1月22日(木),全国3校(広島県立広島国泰寺高校,長崎県立佐世保南高校,熊本県立済々黌高校)をオンラインでつなぎ,先端研究開発を考える探究学習を実施しました。本授業は「デジタル・シティズンシップ・シティ:公共的対話のための学校」事業の一環として行われ,総勢74名の高校生が参加しました。授業のテーマは「災害の「自分事化」はどうすればできる??―リスク情報の発信をめぐる論点争点―」。「RRI(Responsible Research and Innovation:責任ある研究とイノベーション)」を視点として,高校生が一市民として先端研究開発の動向について批評・対話することをねらいとしました。
本授業は,内閣府戦略的イノベーション(SIP)第3期課題「スマート防災ネットワークの構築」との連携により,国立研究開発法人土木研究所からの中継映像や防災の専門家による解説,また専門家への質問を織り交ぜながら展開されました。授業全体の進行は,広島大学の草原和博教授が授業の全体進行を務め,各校の進行は担当教員が務めました。


導入:災害時の行動
授業は,生徒が事前にまとめてきた「自分の災害経験」についての発表から始まりました。各校から代表生徒が発表し,「避難指示が出ても動かなかった」「家族と別々の場所にいて迷った」など,自身の経験を通して災害時の行動をふりかえりました。これにより,生徒たちは,災害リスクについて正しい知識を持っていたとしても,現実には適切な防災行動をとらない場合があるという人間の傾向を確認しました。
こうした状況をふまえ,草原教授は「なぜ多くの場合,私たちは災害リスクを知りながら,何も行動しないのか?」という問いを投げかけました。生徒は個人端末を用いて,自らの考える理由について仮説を入力。遠隔授業支援システムTSUNAGUが,生徒の仮説の傾向を分析しました。
・自分は大丈夫・他人事(正常性バイアス)
(例:他人事だと思い自分には被害が及ばないと過去の経験などから推測してしまっている。きっと大丈夫という先入観がはたらいているから。)
・周囲への同調・社会的手がかり(同調圧力)
(例:誰か近くの人が避難しないとなると、そこに同調してしまう人が連続するから。家族や友人、地域の人が何もしていないと安心して大丈夫だと思うから。)
・見出し3:避難のハードル(知識不足・手間・リスク評価)
(例:実際に行動として移す際、どのように行動すればいいのかを計画できていない。いざ避難するとなったときに荷物を用意したり移動したりするのが大変だから。)
ここで,災害リスクを自分事として受け止めにくいという課題に応えようとしているスマート防災SIPの研究者の方々に,研究開発の成果を紹介していただきました。成果は二つ紹介されました。一つ目が,仮想洪水体験システム。リアルな街並みでの災害をVRで再現することで恐ろしさを体験できるものでした。二つ目が,浸水リスク個別伝達システム。居場所にあわせた浸水情報をLINEでリアルタイムで知ることができるものでした。これらの災害を「ジブンゴト化」しようとする取組を確認したところで,学習課題①「災害リスクを『自分事化』できるように情報提供すれば,人々の行動は変わり,被害を減らすことができる。あなたはこの研究者の取組をどう思いますか。高校生の視点から,SIPの成果を評価しよう!」が提示されました。



展開:RRIの実践・第1弾
展開部ではまず,研究と社会の関係を問う概念「RRI(責任ある研究とイノベーション)」が紹介されました。草原和博教授の解説では,「私たちも一市民として積極的に発言し,研究のプロセスに参加していくことが重要」と強調されました。RRIという視点の導入によって,生徒たちは「研究開発を市民としてどう評価するか」という問いを切実なものとして捉え直し,評価活動への動機を高めていきました。
次に,生徒は仮想洪水体験システムについての事前レポートを基に,「高く評価した取組」と「その理由」を共有しました。たとえば,「リアリティが高く,言葉よりも危機感を感じられる」「実際に避難して災害意識が高まった。仮想でも経験することが大事」といった積極的な評価がある一方,「ゲームとして割り切ってしまう」「時間が経ったら危機感が薄れるのではないか」「普段運動していない高齢者も間に合ってしまった」といった懐疑的な意見も見られました。
続いて生徒たちは土木研究所の取組について,リスク情報の「自分事化」にどの程度貢献しているかを10点満点で採点。評価後,近い点数をつけた生徒同士がグループとなり,ブレイクアウトルームに分かれて点数の根拠や重視した評価観点について議論を行いました。各グループでは以下のような議論がありました。
・10点グループ:評価規準は,自分事化。短期的な行動計画だけでなく,いつどこへどのように避難するかを考えるようになることが重要。例えば,洪水の場合,単に高台に登ればよいというだけでなく,VR体験を通して足元の見づらさを体験することで,足元を触って確認できる傘の重要性を学べる。研究者ができることはやり切っているので,後は個人や教育の課題である。
・7~9点グループ:評価規準は,みんなにとっての使いやすさ。仮想空間とはいえ,だれもが災害を体験できるのは良いこと。しかし,スマホを使い慣れていない高齢者にとっては使いにくいかもしれない。
・5点以下グループ:評価規準は,リアリティの有無。仮想空間と現実空間には大きな差があって,実際にゲームをしてみても危機感は生まれなかった。ゲームだと楽しさの方が勝ってしまうが,災害は楽しいものではないというギャップがある。
各ルームからの報告を受けて,草原教授が規準を3つに整理しました。規準の第一は行動主義。人間の行動を変えるには五感の刺激が重要だという立場。第二は認知主義。人間は主体性をもって意思決定をする立場。第三は状況主義。人間は社会に埋め込まれているので,必ずしも主体的に行動するわけではないという立場。行動主義よりも認知主義,認知主義よりも状況主義の立場に拠るほど,評価は厳しくなる傾向にあるとまとめました。生徒たちは,研究開発の成果をただ受け入れるのではなく,RRIの理念に基づいてそのプロセスに積極的に参加し,批評・対話に関わっていく意義を実感していきました。


終結:RRIの省察
発表後,スマート防災SIPチームの専門家から,生徒の報告に対して応答いただきました。仮想洪水体験システムをつくった専門家は,「今はリアリティを多少犠牲にして,全国各地でVR体験をできることを目標にしている」「そういう目的を掲げながらもリアリティを感じられたと評価をいただき,また一方でリアリティを感じにくいという意見もいただき,とてもありがたい」と述べました。また,浸水リスク個別伝達システムの開発者は,「研究開発になると,どうしても年配の方の意見が多くなるが,今回はフレッシュな意見に触発されたのでしっかり取り入れていきたい」と述べました。専門家の皆さんは高校生の声を真摯に受け止めてくださり,相互の対話と信頼の場が築かれました。最後に,草原教授から,次回は専門家に意見・批判を述べるだけでなく,代案・提案を示していこうと述べ,授業を閉じました。


科学者・専門家と高校生の対話の場をデザインする
本時は,単に研究成果を紹介するのではなく,その過程と成果が「市民にとって意味あるものとなっているか」を問い直すプロセスとして組織されました。科学技術の社会的課題――すなわちELSI(倫理的・法的・社会的課題)――をめぐって高校生と高校生,高校生と科学者・技術者が対話できた点で,「デジタル・シティズンシップ・シティ(DCC)」の理念に準拠した実践であり,高校生によるRRIの真正な実践を具現できた点に意義があります。今後も本プロジェクトでは,こうした科学技術のELSIを公共的対話のテーマとして取り上げ,科学者・技術者と市民との対話の場をデザインしてまいります。
この授業実践の関係者
授業実施者:草原和博
授業補助者:各高等学校での授業担当教員
土木研究所からの中継:神田颯
学校技術支援担当:三井成宗,川本吉太郎
事務局機器担当①:宇ノ木啓太
事務局機器担当②:草原聡美
議論サポーター:正出七瀬,田中崚斗,𠮷田純太郎
協力:内閣府戦略的イノベーション(SIP)第3期課題「スマート防災ネットワークの構築」サブ課題Bの皆様(出演:栗林大輔様・槌谷雄太様)
「デジタル・シティズンシップ・シティ:公共的対話のための学校」プロジェクトメンバーである三井・川本・宇ノ木・神田が更新しています! ぜひ、本記事を読んだ感想や疑問・コメントをお寄せください!
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